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新居を思い切って購入するか、賃貸にするか、2カ月前、彼女(36)は迷いに迷っていた。夫(38)が勤める機械メーカーの社宅がリストラの一環として売却されることが決まり、1年半以内に出て行かなければならなくなったからだ。
楽天家の夫は購入派だ。
「会社はこれからも大丈夫なの?」との彼女の問いに、意外だと言わんばかりに答える。
「大丈夫さ。うちは業界最大手だし、中途退職の希望もとっていないし。それにいまローンの金利は史上最低だから、買うチャンスじゃないか」
「でもね、頭金が1千万円くらい必要でしょ。貯金が300万円も残らないわよ」
娘(8)の生活環境も考え、新しい家にあこがれてはいる。だが新聞や雑誌で住宅ローン破産や自殺の話題をよく見るから、彼女は不安で仕方ない。
「どうせ家はいつか買わなきゃいけないんだ。年とってから自分の家がないと不安だろ」
「でも、あなた、このまま今の仕事をしていくの? いつか農業をしたいとも言っていたじゃない」
夫の表情が一瞬こわばった。
「……。家は将来財産になるからいいじゃないか」
2人は試しに都心のマンションのモデルルームでシミュレーションをしてもらった。74平方メートルの部屋で3500万円。自己資金を1千万円として、残金2500万円を住宅金融公庫と銀行ローンで計算した。
「35年返済で月々のお支払いが当初10年間は約9万円、管理費や修繕費を含めて約11万円です。11年目以降から約1万8千円アップですが……」
営業マンの説明に、夫が言った。「賃貸で同じ広さだったら最低13万円だ。同じ金を払うんだったら、持ち家がいいよ」
計算表の数字をジッと追いながら、彼女は少し遅れて小声でかえした。「そうかもしれないわね」
「お前は心配性で貧乏性だな」と夫。
後悔をしたくなかったから、今度は賃貸マンションを何軒か見て回った。同じ広さのはずなのに、最新の設備を備えた真っ白なモデルルームを見た後では、狭苦しく感じられた。
翌朝、彼女は「腹」をかためようとしていた。テレビで「9月から公庫の金利がアップ」とのニュースが流れていた。 |
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